【ミスリード】「日本産婦人科学会が妊婦へのワクチン接種の梯子を外した」は不正確な解釈。一律推奨から個別判断への変更を誤解。

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医学
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SNSで「日本産婦人科学会が梯子外し!」「すべての妊婦に対して一律に新型コロナワクチンを接種することは推奨しません、と発表した」という投稿が拡散しています。しかし、これは学会の見解の一部を切り取り、文脈を無視した不正確な解釈であり、「ミスリード」と判定します。学会の発表は、ワクチンが危険になったという趣旨ではなく、COVID-19の「5類感染症」への移行に伴い、全ての妊婦への「一律推奨」から、リスクや希望に応じた「個別判断」へと方針を更新したことを示すものです。

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検証対象

2025年7月頃から、X(旧Twitter)などのSNSで、「拡散!拡散!日本産婦人科学会の梯子外し!!」「すべての妊婦に対して一律に新型コロナワクチンを接種することは推奨しません。」という文章が、強い調子で拡散されています。

この投稿は、日本産婦人科学会が妊婦へのワクチン接種の方針を転換し、接種を推奨しなくなった、あるいは危険視し始めたかのような印象を与えています。

結論:ミスリード

この言説は、日本産婦人科学会の発表の一部だけを引用し、その真意を著しく歪めています。

  • 「すべての妊婦に対して一律に…推奨しません」という記述は、学会の発表に実際に存在します。
  • しかし、これは「妊婦はワクチンを接種すべきでない」という意味では全くありません。同じ発表の中で、重症化リスクのある妊婦には引き続き接種を推奨し、希望する妊婦は接種可能であると明確に述べられています。
  • この方針変更は、COVID-19の5類感染症への移行という社会状況の変化に対応したものであり、ワクチンの安全性や有効性を否定するものではありません。むしろ、発表内では改めてワクチンの安全性と効果が確認されていることにも言及しています。

「梯子外し」という感情的な言葉を使い、方針の nuanced な更新を「手のひら返し」であるかのように見せる主張は、典型的なミスリードです。

検証の詳細

1. 拡散した言説とその根拠

拡散した投稿の根拠は、日本産科婦人科学会と日本産婦人科感染症学会が連名で公表した「妊婦に対する新型コロナウイルスワクチン接種について」という文書にある、以下の⼀⽂です。

「以上のことから、 すべての妊婦に対して一律に新型コロナワクチンを接種することは推奨しません。」

この一文だけを見ると、学会がワクチン接種に否定的になったかのように読めてしまいます。しかし、この結論に至るまでの文脈と、この文の直後に続く説明を合わせて読むことが、内容を正確に理解する上で不可欠です。

ソース
日本産科婦人科学会「妊婦に対する新型コロナウイルスワクチン接種について」

https://www.jsog.or.jp/news/pdf/20250731_COVID19_ippan.pdf

2. 学会の見解、その全体像

学会の発表文書全体を読むと、拡散した投稿の主張とは全く異なる内容が浮かび上がります。ポイントは以下の通りです。

方針更新の背景:COVID-19の「5類」移行
まず、この見解が発表されたのは、新型コロナウイルス感染症が2023年5月8日から、季節性インフルエンザなどと同じ「5類感染症」に位置づけられたことが大きな背景です。これにより、国が主導する一律の接種体制から、個人の判断を尊重する体制へと移行しました。学会の方針更新もこれに合わせたものです。

「推奨しない」のではなく「個別判断」へ
拡散された「一律に…推奨しません」という文の直後には、以下のように続きます。

「しかし、 厚労省や専門学会が定める重症化リスクのある基礎疾患を合併している妊婦(資料7,8)には、引き続き接種が推奨されます 。また、母子免疫(乳児への抗体の移行)効果を期待するなど、接種を希望する妊婦には接種が可能です 。」

つまり、方針は以下の3点に整理できます。

  1. 全員に同じように「必ず接種してください」と強く推奨する(=一律推奨)ことはしない。
  2. ただし、基礎疾患を持つなど重症化リスクが高い妊婦には、引き続き推奨する
  3. 上記以外でも、本人が希望する場合は接種できる

これは「接種するな」というメッセージではなく、「個々の状況に合わせて、医師と相談の上で判断しましょう」という、より丁寧な個別対応への移行を示しています。

ワクチンの安全性・有効性は改めて肯定
さらに、この発表文書では、妊婦へのワクチン接種に関する国内外の調査結果を複数引用し、「ワクチンの安全性と、胎盤を通じた移行抗体(いわゆる母子免疫ワクチン)で出生児を守る効果が確認されています」と明記しています。これは、学会がワクチンの価値を否定していない明確な証拠です。

3. 「一律推奨しない」の正しい意味

公衆衛生の分野において「一律推奨」とは、対象となる集団の全員に対し、例外をあまり設けずに強く推奨することを意味します。パンデミックの最盛期など、感染リスクが非常に高い状況で取られることが多いアプローチです。

一方、疾患の脅威が相対的に低下し、個人のリスク要因(年齢、基礎疾患など)の差がより重要になった場合、「一律推奨」から「個別判断の推奨」へと移行します。これは、利益とリスクを一人ひとり天秤にかけ、最適な選択をすることを促す、より成熟した公衆衛生の考え方です。

今回の学会の発表は、まさにこの後者のフェーズに入ったことを示しています。これを「梯子外し」と表現することは、こうした公衆衛生上の方針決定のプロセスを理解せず、意図的にネガティブな印象を植え付けようとする行為と言えます。

判定に至った理由

以上の検証から、拡散している言説は、日本産婦人科学会の発表の核心部分を意図的に無視していると判断できます。発表の一部である「一律に推奨しない」という言葉だけを抜き出し、その直後に書かれている「リスクのある方には推奨する」「希望者は接種できる」という重要な補足情報を隠蔽しています。さらに、「梯子外し」という強い言葉で、科学的根拠に基づく冷静な方針更新を、無責任な方針転換であるかのように演出し、読者の不安を煽っています。

これは、情報の受け手に対して著しい誤解を与えるため、「ミスリード」と判定します。

FACTCHECK Scienceのコメント

専門家や公的機関が発表する情報は、しばしば慎重で、多くの条件や文脈を含んでいます。特に、医療や公衆衛生に関する情報は、対象者の状況によって推奨内容が変わるため、複雑になりがちです。今回の事例は、そうした情報の複雑性を悪用し、一文だけを切り取って単純化・扇情的に伝えることで、本来の意図とは全く逆のメッセージを生み出してしまった典型例です。

情報に接する際は、特に「!」を多用したり、「暴露」「裏切り」といった感情的な言葉が使われていたりする場合には、一度立ち止まることが重要です。そして、可能であれば引用元である一次情報(今回の場合は学会の発表全文)に目を通し、全体の文脈の中で内容を理解しようと努める姿勢が、誤情報や偽情報から身を守るために不可欠です。

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